歯科CBTを終えて
このブログを始めたとき二年生だった自分も、四年生の後期を迎えCBTの時期となった。
結果から言うと後期の定期試験、CBTともに合格し、残すは実技試験であるOSCEのみとなった。CBTのほうは80%で学年の半分くらいの位置だった。
CBTとはわかりやすく言うとプチ国試のような感じで、1-4年までに学習した範囲から出題され、70%(これは学校によりけり)で合格、取れなければ留年というものだ。
本試の一か月前に模試があり、僕はその模試があまりよくなく、そこから焦りを感じて勉強を本格的に始めたという感じだった。
もっと早くからやっておけばよかったと思う反面、自分の中ではこれ以上できないくらいの勉強量で挑んだ試験だったので今回の点数は少し残念だ。
医歯薬の試験全般に言えることだと思うのだが、センスの有無や頭の良しあしではなく、どれだけ時間をかけたかが大きく点数に現れる性質があると思う。だからこそ、負けたくないと思った場合は、早くから始めることしかない気がする。
加えて、僕の大学だけかもしれないが、高校の延長のような側面があり、だれが成績よくて誰が悪いといった話がよく飛び交う。自分が良ければそれでいいのに嫌でも自分の立ち位置を自覚させられてしまう。それがいいところでもあるのだろうが僕はそういった雰囲気があまり好きではなく、自分のペースで勉強させてほしいなあと思う。
もし、何をやったか知りたい方いたらコメントどうぞ。
まあ、8割くらいは誰でも取れる点数だと思うので参考にするほどではないと思いますが(笑)
春は出会いと別れの季節
3月になり、6年生の卒業が近づいてきている。
また、同級生も卒業し、就職する人もいる。
高校卒業してからしばらく会っていない人たちもこれまでは学生だからどこかで本気出せばいつでも会えるだろうという感覚だった。
だけど就職となるとそうもいかなそうだ。社会人という壁は学生にとってあまりに高い。未知の世界である。そういったイメージなので一生の別れのように感じる。
そう意味で言うと人生で一番の別れは今の時期なのかもしれない。
小学校中学校の頃の卒業は言ってもまだ同じ地域に住んでいるし土日でも会おうと思えばいつでも会えた。
高校の卒業は結構な別れなのかなと思ったけれどもみんな長期休みは帰省するし、連絡も取り合うしで意外と会うことはできた。さよならするときもまた次の休みに会おうねーっといった感情だった。
今回は、3月に会った高校の友達は普通に生きていたらもう一生会えない可能性もある。そう考えてしまうと寂しい気持ちになってくる。
プログラミングのオンライン無料体験会に参加してみた
某会社のオンライン体験会があるというので参加した。
56月にコロナで時間ができたことをきっかけにやってみようと思っていたのだが思ったより難しく挫折してしまった。
ちょうど最近、春休みを機にもう一度やってみようと考えていたところネットの広告で流れてきたので申し込んでみた。
こういうのは結局タイミングだと思う。悩んでいるところに流れてきた広告。それを運命だと感じている。最近はこういうことがあるとなるべくやってみるようにしている。
やはりプログラミングスクールは高い。長い目で見ると一回知識をつけてしまえば回収できる額なのかもしれないが現状では払うのが厳しい料金だった。
やはり独学で何とかできるようにするしかないのかもしれない。
体験会で確認してみるともしかしたらこれまでの学習で意外と知識は身についていたのかもしれないと思った。社交辞令という可能性は否めないが。
これからも頑張ろう。
花束みたいな恋をしたを見た
鑑賞後にぽっかりと心に穴が開いたような感覚になった。映画の中の二人は現実には存在していないと分かっているけれどあの二人が幸せに暮らしてたらいいなと考えてしまう。
これまでは自分とは正反対の人と付き合うほうが楽しいのではないかと考えていた。自分にない世界を知ることができて新しい発見もたくさんあるだろうと想像できたからだ。この映画を見て少し考えが変わった。
二人の出会いは終電でばったりと会ったことが始まりであった。そのまま何もなく別れて会わなくなる世界線も十分あり得た。二人がそうならなかったのは共通の趣味があったからだ。その結果、話が弾み、聞けば聞くほどお互いに自分らの好みが似ていることが分かり距離を縮めていった。
もし、これが自分と正反対の趣味を持っていた場合、二度と会うことはなかっただろう。
思ったことは運命的な出会いをして急速に恋に落ちるときは自分と似た感覚の人、逆に同じクラスや会社にいて最初はなんとも思わなかったけれど徐々に好きになっていくという場合は自分とは違う感覚の人、という傾向が多いのではないかなと思った。
逃げることは悪いことではないという考え方
高校生の頃、部活を辞めたり学校を辞めたりするとあいつは逃げたというレッテルを張られて引け目を感じながら生きていくといったこともあると思う。
ある程度頑張ることも必要だと思うが、置かれた状況が自分に合っていないなと思うとすぐに逃げるというのも一つの手だと思う。
逃げちゃいけないという考えで生きていくととてもつらくなる。
今日はバイトでいろいろと嫌なことを言われてそれに対して言い返していたら口げんかのようになった。言い返した僕も悪いと思うのだが説明や注意の仕方にも問題があるのではないだろうか。
話を聞いていたところ、みんな現場の人たちは厳しい指導で育ってきたらしい。説明はしてもらえず、現場の中で経験を積みながら成長したんだと誇りを持っているようだった。それはそれでいいのだが、その人たちも現場で学ぶのは苦労したようだ。それならばなぜ自分たちが教える側に回ったときにそのことを改善しようと思わないのだろうか。よくない慣習をそのまま何も考えずに引き継いでいくのは頭が悪すぎるのではないだろうか。
僕は自分がされて嫌だったことを下の世代に引き継ぐようなことは絶対にしたくないと思ったし、そんな人達を尊敬することはできないと改めて思った一日だった。
―一時の成敗は長い人生、価値の多い生涯における泡沫のごときものである(渋沢栄一)―
春休みは時間があるのでバイトをしてみた
春休みになり、部活もしばらくはないのでバイトを始めた。
これまでも飲食店や塾講師のバイトをやっていたことがあるが、昼も入ることができ時給もよいということで引っ越しのバイトをしている。
まず朝が早い。まだ暗いうちから出勤して、終わるのは大体5,6時である。
引っ越しのバイトはなかなか厳しい。周囲の人たちはみな高卒で働いている人や若いうちに結婚して家庭を持っている人も多い。その中で僕のような人間は甘えているとみられているかもしれない。
毎日怒られることばかりで正直もうやめたいくらいであるが、学ぶことも多いのかなと思ったりする。というのも僕が順調に医療人になった場合、このような業界を経験できることは多分これからないだろう。そういった意味では今この経験ができているということは周りと比べたときにいい経験になってくるのではないだろうか。
また、バイトということもあり、いつ辞めてもいいという考えがあるのも正直なところである。どんなに怒られても本当にきつくなりもうやっていられないと思ったときはすぐに辞められるんだと考えることでそれならもう少し頑張ってみるかと思える。
何を言っているか声が小さくてわからないのに怒るときは声がでかくなる人や理不尽に怒られ暴言を吐かれたりすることもあるがこういう人たちもいるんだと思い、自分はこうならないようにしようと反面教師にすることができれば僕はさらに厚みのある人間に成長できるのではないかと思っている。どうせ続けたくても春休み中しかできないバイトだ。精一杯できることを頑張ろう。
そんなこんなで僕は明日も早朝からバイトに行ってくることにする。
春休みに心がけてみること
大学の生活も春休みに突入した今、時間が有効に使えるチャンスだ。
試験の結果が発表されるまでは追試なかったら自分の時間をたくさん作れるからいろんな事やろうと思ってみたものの、いざ時間ができた今では無駄にしているような気がする。毎回、このようなことになっているので今回こそは何か継続できるようになりたい。
①字をきれいに書く練習をする。
日頃字を丁寧に書く習慣がないので書けるようになりたい。レポートやノートを書くときにいつも自分の理想の字が書けないことによって内容でなく字を書くことに集中してしまっているように思う。これを解消するために字を丁寧に書く練習をしよう。本を1,2冊終わらせることができるのが理想。
②バイトでお金を稼ぐ
これまでお金がなくてなかなか自由なことができていなかったので春休みの時間があるときにバイトしてお金を稼いでおきたいと思う。少々の無理をしても詰め込んでいければいいなと思う。
③トレーニングを継続して行う。
ジムに通いながら筋トレを継続して行っていきたい。具体的には二日に一回、週3,4回はいけるように。
④早寝早起きを心がける
バイトの時は朝が早くなるためそこに合わせて起きられるようにしたい。具体的には12時前には寝て朝は6時半くらいには起きておきたい。
⑤ため込んでいた本を消化する。
タイトルにひかれて買ったはいいものの読んでいない本がたくさんあるのでこのタイミングでなるべく読みたい。毎日少しだけでも進めていくようにする。インスタの更新も再開する。
⑥記録をつける
一日を無駄にしないためにもなるべくその日にやったことや進めたことを記録に残す。
⑦パソコンの勉強をする
HTMLとCSSの勉強をする。春休みに本を一冊終わらせることができるようにする。